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鹿嶋神社の由来

鹿嶋神社写真

祭神

武甕槌命(たけみかつちのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)

鹿嶋神社は遠く聖武天皇の勅願によって、播磨の国、国分寺の東院として大日寺が建立された時その鎮護の神として奉祀されました。

天正6年(1578年)羽柴秀吉が神吉城攻略の際、この地も戦火を蒙り灰燼に帰しましたが、大神様の高きご神威により、幸いにも御神殿は焼け残りました。

一時荒廃した付近一帯も、地徳新村の開発とともに、寛文年間(1661~73年)に、新しく神社建立の議が上がり、これを奇特として、当時の姫路藩主松平直矩公より境内地及び各種資材の寄進を受け、現在の社域、景勝をもって聞こえる、鷹の巣崖山の栄を卜して社を建て、かっての御祭神武甕槌命経津主の命を勧請いたしました。

当神社は奉祀された当時から、特に霊験あらたかなるとして、元禄元年(1688年)には、藩主本多忠国公から境内地として五十間四面の地を献ぜられる等、歴代姫路藩主の崇敬篤く、祭礼には特使を派遣され奉斎されておりました。

心を込めてお詣りする時、その願いは必ずかなえられる霊験あらたかなるをもって、四方八方の遠くからも御参拝されております。

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